医療の未来を変える:世界初となる8K画質の内視鏡の開発 ー内閣府ー
ヒトを対象とした8K内視鏡手術の様子。肉眼よりも鮮明に、また複数の医者や医療スタッフが同時に対象を見ることができるため、より難易度の高い手術の施行とその経験の共有が可能になる。
8Kの映像は広く使われている2Kよりもはるかに高い画素数があり、被写体の細かい構造物まではっきりと視認できる。
千葉敏雄氏。医師、医学博士。
専門は胎児・小児外科。一般社団法人メディカル・イノベーション・コンソーシアム理事長、順天堂大学医学部特任教授。2020年、8K内視鏡の開発などの功績が評価され、アルベルト・シュバイツァー賞の最高賞(および医学賞)を受賞。
日本の医師がNHK技術研究所とタッグを組み、世界で初めて内視鏡カメラに8K技術を導入した。大画面で微細な神経や血管まで見ることができるため、高度な手術をより安全に行えるという。異次元の解像度は、医療をどう変容させるのか。
「まるで患者のお腹の中に入って手術をしているみたいだ」
モニターいっぱいに映し出された8K内視鏡の映像を見て、世界初の臨床的8K手術となった胆のう摘出手術を執刀した杏林大学の森俊幸医師は感嘆した。8K硬性内視鏡画面には現在広く使われる2K内視鏡の16倍もの画素数があり、それは10m先の新聞が読めるほどの視力に相当する。肉眼では判別できないほど微細な血管や縫合糸も、鮮明に見ることができるという。
この世界初となる8K画質の内視鏡を開発したのは、数々の内視鏡手術を執刀してきた日本の医師・千葉敏雄氏だ。当時、画質も光感度も低い従来型の内視鏡に改善の余地を感じていた。
国立成育医療研究センターに医師として在籍していた千葉氏は、2006年、NHKで放映されたハイジャック犯逮捕のドキュメンタリー映像に目を奪われた。真っ暗な深夜に撮影されていたにも関わらず、人物の顔が判別できるほど鮮明だったからである。この映像技術を内視鏡に活かしたいと考えた千葉氏は、すぐさま国立成育医療研究センターの筋向かいにあったNHK技術研究所にほとんどアポなしで直談判した。そのとき、偶然通りかかった当時の所長・谷岡健吉氏と意気投合し、まず暗視HARPの、次に超高精細8Kの技術を取り入れた硬性内視鏡の共同開発を開始。2014年の臨床への導入段階では試作の8Kカメラが2.5kgもあり、手術中の実用に耐えるレベルへの小型化・軽量化が大きな課題だった。試行錯誤の末、実際にはわずか4か月で450gまで重量を落とすことに成功。2017年に8K内視鏡の製品化を果たし、のちに手術用の8K顕微鏡もリリースした。「8Kイメージセンサーや内視鏡用レンズにおいて非常に高い技術力をもつ日本だからこそ、ここまで実用化することができたと思います」と千葉氏は語る。
千葉氏らがNHK技研の放送用8Kイメージセンサー技術を活用して開発した8K内視鏡。
「従来の内視鏡と比べて8Kは臨場感が段違い。一度体験したら、もう元の画質には戻れません」と千葉氏。細かな構造体まで明確に見ることができる8K内視鏡を使えば、より安全で高精度な手術ができるだけでなく、これまで困難とされてきた手術も可能になる。「優秀な外科医の手術映像を教育に役立てたり、専門医による遠隔手術やオンライン診療も円滑にできるようになるはずです」と千葉氏が言うように、医療に与える可能性は幅広い。
8K内視鏡の技術を最大限に活用していくには、その膨大なデータをスムーズに転送するための、5Gや光ファイバーといった高速通信環境の整備が不可欠だ。さらに、人間以上に緻密な操作ができるロボット鉗子や、より早く精度の高い画像診断ができるAIの開発が進めば、8K内視鏡はその真価を飛躍的に発揮することができるだろう。「いいものをいかに早く現場に届けるかが大事。そのためには、職種や国を越えたオープンイノベーションが必要だと考えています。海外とも協力して、われわれの8K技術を生かすインフラ整備や技術開発を進めていきたいです」。テレビ放送を軸に発展した日本の映像技術が、医療の未来を変えうるインパクトを生んでいる。より優れた医療の実現に向けて、千葉氏は今後も挑戦を続ける。
本記事は、内閣府のオンラインマガジン
「Highlighting JAPAN OCTOBER 日本語版 #185 2023年10月号」を引用したものです。